贈り物文化の歴史!日本のギフト習慣はいつ・なぜ生まれたのか

贈り物文化の歴史!日本のギフト習慣はいつ・なぜ生まれたのか

こんにちは、明石めで鯛やの女将です🐟
お中元、お歳暮、内祝い、お返し、手土産——日本には、驚くほどたくさんの贈答の習慣がございます。
これだけ多いと「面倒だな」と感じることもあるかもしれません。けれど、ひとつひとつの由来をたどってみますと、ちゃんと理由があったことが分かってまいります。
たとえば、贈り物に付ける「のし」。あの右上の小さな飾りが何なのか、ご存じでしょうか。実はあれ、もとは鮑(あわび)なのです。
そしてお中元とお歳暮は、もともとご先祖さまへのお供えでした。
この記事では、日本の贈り物文化がどこから生まれ、どう変わってきたのかをたどってみます😊

目次

1. すべては「神様へのお供え」から始まりました

日本の贈答文化の出発点は、神様へのお供えでございます。

収穫した米、海で獲れた魚、山で採れたもの。それらをまず神様にお供えする。これを神饌(しんせん)と申します。

そして祭りが終わると、そのお供えを下げて、人々で分け合っていただく。これを直会(なおらい)と申します。

お供え → 分かち合い → 贈り物へ

  • ① 収穫物を神様にお供えする(神饌)
  • ② お供えを下げて、皆でいただく(直会)
  • ③ その場に来られなかった人に、分けて持ち帰る
  • ④ これが「贈り物」の原型になった

つまり日本の贈り物は、もともと「神様からいただいたものを、皆で分け合う」行為だったのですね。

ここがとても大事なところです。贈り物は、自分の財産を相手に与える行為ではなかったのです。神様からの授かりものを、一緒に分かち合う。だから上下の関係ではなく、対等に「ともにいただく」という感覚だったわけでございます🐟

2.「のし」の正体は、鮑でした

贈り物に付ける「のし」。あの右上にある、細長い六角形の飾りでございます。

あれが何なのか、考えたことはございますか。

答えは——鮑(あわび)です。

熨斗鮑(のしあわび)とは

鮑の身を薄く削ぎ、引き伸ばして干したものです。「熨斗(のし)」は「伸す(のす)」から来ています。

鮑は古くから神様へのお供えに使われてきた、たいへん貴重な食べ物でした。長期保存もでき、長寿をもたらすとも信じられておりました。

そこで贈り物に熨斗鮑を添えることで、「これは神聖な、改まった贈り物です」という意味を表したのです。

つまり本来の「のし」は、贈り物に本物の鮑が添えられていたということでございます。

それがだんだん簡略化され、紙に包んだ形になり、やがて印刷された絵柄になりました。今、私たちが「のし紙」と呼んでいるあの黄色い飾りは、鮑の名残なのですね。

知っておくと面白い、のしの豆知識

  • 正確には「のし紙」は全体、「のし」は右上の飾りだけ 表書きや水引も含めた紙全体が「のし紙」です
  • 弔事には「のし」を付けません のしは祝い事の印。お悔やみには水引だけの「掛け紙」を使います
  • 本来、生ものを贈るときは「のし」を付けません のし自体が鮑=生ものだからです。意味が重複してしまいます

最後のひとつは、鯛を扱う私どもには他人事ではございません。

昔の作法で言えば、お魚を贈るときにのしは不要ということになります。鮑を添えるかわりに、鯛そのものが贈られているわけですから。

もっとも、現在はこの由来を気にされる方はほとんどいらっしゃいません。お魚であっても、のしを付けてお贈りするのが一般的になっております。当店でも、のしは無料でお付けしておりますのでご安心くださいませ😊

ただ、こういう由来を知っておくと、贈り物をするときに少し楽しくなりますね🐟

3.「水引」はどこから来たのでしょう

のしと並んで欠かせないのが水引です。

その起源については諸説ございますが、よく語られるのは遣隋使の時代の話です。

中国からの返礼の品に紅白の麻紐が結ばれていて、それを見た日本人が「贈り物にはこうするものか」と取り入れた——という説が伝えられております。

その後、室町時代ごろに贈答の形式として整えられ、江戸時代に庶民にも広がってまいりました。

水引の結び方と意味

蝶結び(花結び)

何度でも結び直せることから、「何度あってもよいお祝い」に使います。

出産、入学、長寿のお祝い、お中元・お歳暮、新築、昇進、周年記念など。

結び切り

一度結ぶとほどけないことから、「一度きりであってほしいこと」に使います。

婚礼、快気祝い、弔事など。「繰り返しませんように」という願いが込められています。

あわじ結び(あわび結び)

結び切りの一種で、両端を引くとさらに固く結ばれます。婚礼や、末長いお付き合いを願う場面に。

名前が「あわび」なのも、やはり鮑に由来すると言われております。

色にも意味がございます。紅白は一般的なお祝い、金銀は婚礼など特に改まった場面、黒白や双銀は弔事。

本数は奇数が基本で、五本が一般的。婚礼は十本(五本×二=両家が結ばれる)を使います。

紐の結び方ひとつに、ここまで意味を持たせる。日本人の律儀さが表れていると思います😊

4. お中元の起源|道教とお盆が結びついた

では、お中元はどこから来たのでしょう。

実はこれ、中国の道教が出発点でございます。

道教の「三元」

  • 上元 旧暦1月15日
  • 中元 旧暦7月15日
  • 下元 旧暦10月15日

それぞれ神様の誕生日とされ、中でも中元は罪を許してもらう日とされていました。

この「中元」が日本に伝わったとき、ちょうど同じ時期の行事と重なりました。

盂蘭盆会(うらぼんえ)——つまり、お盆でございます。

お盆はご先祖さまの霊をお迎えする行事です。お供えをして、家族で手を合わせる。そしてそのお供えを、親族やお世話になった方々と分け合う習わしがございました。

道教の「中元」と、日本の「お盆」。このふたつが結びついて、七月に贈り物をする習慣が生まれたのです。

やがて信仰の意味が薄れ、「日頃お世話になっている方への感謝の贈り物」へと変わってまいりました。これが現在のお中元でございます🐟

5. お歳暮の起源|年の暮れのお供えもの

お歳暮も、やはりご先祖さまへのお供えが起源でございます。

年の暮れには、新年にお迎えする年神さまや、ご先祖さまをお祀りする行事がございました。

そのときのお供えものを、分家から本家へ、嫁ぎ先から実家へと持参する習わしがあったのです。

お歳暮が今のかたちになるまで

  • ① 年の暮れに、祖先を祀るお供えものを用意する
  • ② 本家や親元へ、そのお供えものを持参する
  • ③ 塩鮭、塩ぶり、数の子、するめなど、日持ちする食べ物が選ばれた
  • ④ やがて、お世話になった方への年末のご挨拶へと広がる
  • ⑤ 「一年ありがとうございました」の贈り物として定着

注目したいのが、お供えものが食べ物だったことです。

塩鮭、塩ぶり、数の子、するめ、昆布。どれも日持ちして、縁起がよく、年末年始の食卓に役立つものでございます。

現代でもお歳暮に食べ物が選ばれるのは、この名残なのですね。五百年前からの習わしが、まだ続いていると思うと、なかなか感慨深いものがございます😊

6.「内祝い」は、本来お返しではありませんでした

これは、ぜひ知っていただきたいお話です。

現在、「内祝い」といえばお祝いをいただいたお返しのことを指します。出産内祝い、結婚内祝いなど。

けれど本来の意味は、まったく違いました。

内祝いの本来の意味

「内(うち)のお祝いを、皆さまにお裾分けする」——これが本来の内祝いです。

おめでたいことがあったら、その喜びを周りの方々と分かち合う。お祝いをいただいたかどうかに関係なく、こちらから自発的に配るものでした。

「うちに嬉しいことがありました。皆さんもどうぞ」という、幸せのお裾分けだったのですね。

それが時代とともに「いただいたお祝いへのお返し」という意味に変わってまいりました。

変わってしまった理由は、おそらく「いただきっぱなしは申し訳ない」という日本人の気持ちなのでしょう。けれど本来の意味を知ると、少し見え方が変わってまいりませんか。

お返しは義務ではなく、喜びを分かち合う行為だった。そう考えれば、内祝いを用意する時間も、少し楽しいものになるかもしれません🐟

7. 結納という、もっとも古い贈答

日本の贈答文化の中で、もっとも古い形のひとつが結納でございます。

その起源は古代にさかのぼると伝えられており、「結いの物(ゆいのもの)」——両家を結ぶための品、という意味だとされます。

結納の品には、やはり食べ物が並びます。

品 当て字 意味
昆布 子生婦 子宝に恵まれるように
するめ 寿留女 末長い幸せを
鰹節 勝男武士 強く逞しい男性に
友白髪 友志良賀 白髪になるまで共に
末広 末広 末広がりの繁栄を
鯛 — めでたさ。祝いの膳の主役

当て字の凝りようが、見事でございますね。音が同じなら意味を付け替えてしまうという、日本語の自由さがよく表れております。

そしてここでも、鯛が登場いたします。結納や婚礼の膳に尾頭付きの鯛が供されるのは、古くからの習わしでございます😊

8. 江戸から現代へ|贈答文化を変えた三つの出来事

長く続いてきた贈答文化ですが、近代に入って大きく変わる出来事が三つございました。

① 江戸時代|庶民に広がった

それまで贈答は、主に武家や公家の儀礼でした。それが江戸時代になると、町人のあいだにも広がります。

長屋の付き合い、商いの付き合い、職人の世界。贈り物が人間関係の潤滑油として使われるようになりました。

「向こう三軒両隣」という言葉のとおり、ご近所付き合いの中で、お裾分けやお礼が日常的に交わされていたのです。

② 明治〜昭和|百貨店が商戦を作った

明治以降、百貨店が誕生します。そして百貨店はお中元・お歳暮を「商戦」として組み立てました。

贈答品売り場を設け、カタログを作り、配送を請け負う。これによって贈答が一大産業になりました。

「お中元といえばデパート」という感覚は、このころに作られたものでございます。

③ 1976年|宅配便の登場

これが決定的でした。宅配便の登場により、贈り物を「持参する」から「送る」へと変えてしまったのです。

それまで贈り物は、基本的に手渡しでした。年末に風呂敷を抱えて挨拶回りをする、あの光景です。

それが宅配便によって、全国どこへでも、手軽に送れるようになりました。さらに冷蔵・冷凍での配送が可能になり、生鮮品も贈れるようになったのです。

そして今、四つ目の変化が起きております。デジタル化です。

eギフト——URLを送るだけで、相手が自分でお届け先と日時を入力する仕組み。住所を知らなくても贈れる時代になりました。

考えてみますと、これは大きな転換でございます。長いあいだ「相手の住所を知っていること」が贈り物の前提でした。その前提が、いま崩れつつあるのです🐟

9. なぜ日本人は「お返し」をするのでしょう

海外の方が日本に来て驚くことのひとつが、「お返し」の文化だそうです。

何かをいただいたら、必ず何かを返す。しかも金額の目安まである(いただいた額の三分の一から半額、など)。

なぜ、こんなに律儀なのでしょう。

お返しの文化が生まれた背景

  • 「借り」を作りたくない いただいたままだと、心理的に落ち着かない。これは日本人に強い感覚です
  • 関係を続けるための仕組み 贈り、返し、また贈る。この往復が関係を保ちます。一度で終わらせないための仕掛けとも言えます
  • 相手に気を使わせない配慮 「もらいっぱなしでは申し訳ない」という気持ち
  • 分かち合いの名残 もともと贈り物は「神様からの授かりものを分け合う」行為でした。一方通行ではなかったのです

面白いのは、「同額を返してはいけない」という暗黙のルールです。

同額を返すと「貸し借りを清算した」という意味になり、関係を終わらせることになってしまう。だから少し少なめに返す。すると、わずかな「借り」が残る。その借りが、次の機会につながっていく——。

少しだけ貸し借りを残しておくのが、長い付き合いのコツということなのでしょうね。なんとも奥深い仕組みでございます😊

10. 鯛が贈答の主役であり続けた理由

ここまで歴史をたどってまいりましたが、不思議なことがございます。

時代が変わり、贈答の形が変わっても、鯛だけはずっと贈答の主役であり続けたのです。

鯛が選ばれ続けた理由

  • 神饌としての歴史 神様へのお供えに使われてきた魚です。贈答の原点に、すでに鯛がありました
  • 「めでたい」という名前 言霊を重んじる日本で、これ以上の名前はありません
  • 赤という色 魔除けの色、祝いの色。紅白の紅でもあります
  • 尾頭付きの格 「最初から最後まで全うする」という意味が込められます
  • 傷みにくさ 「腐っても鯛」。運ぶのが難しかった時代、これは贈答品として決定的な価値でした
  • 好みが分かれにくい どなたにお贈りしても外れがありません
  • 結納の品 人生最大の贈答の場にも、鯛がありました

特に「傷みにくさ」は、歴史の中で大きかったと思います。

冷蔵も冷凍もなかった時代、生ものを贈るのは大変なことでした。その中で鯛は比較的傷みにくく、贈り物として成立する魚だったのです。

そして今は、冷凍技術と宅配便のおかげで、愛媛の海で揚がった鯛を全国のご家庭にお届けできるようになりました。

神様へのお供えから始まった贈り物が、千年以上を経て、冷凍便で全国に届く。形は変わっても、気持ちの運び方は変わっていないのだと思います🐟

11. 贈り物文化は、これからどうなるでしょう

近年、贈答文化は簡略化に向かっております。

今、起きていること

  • 虚礼廃止 形式だけの贈答をやめる企業や家庭が増えました
  • お返し辞退 「お返しは不要です」と先に伝える方が増えています
  • eギフトの広がり 住所を知らなくても贈れる。受け取る日も相手が選べる
  • カジュアル化 改まった贈答より、「ちょっとしたお礼」が増えました
  • 件数を減らして、質を上げる 数を絞って、一件ずつ丁寧に

これを「文化の衰退」と嘆く声もございます。けれど私は、そう単純な話ではないと思っております。

形式が減って、気持ちが残る。そういう方向に向かっているのではないでしょうか。

義務で贈る相手を減らし、本当に贈りたい相手に丁寧に贈る。相手が気を使わなくて済むかたちを選ぶ。受け取る日まで相手に任せる。

これはむしろ、贈り物の原点に戻っているのかもしれません。神様からの授かりものを分け合っていた、あの頃の感覚に😊

今の時代の、贈り物のかたち

  • eギフト URLをメールやLINEで送るだけ。受け取った方がお届け先とご希望の日時をご入力いただけます。住所をうかがう気まずさがありません
  • カードギフト お品物ではなくカードをお届け。受け取った方がお好きなお品を選べます
  • 鯛の食べ比べセット かぶと煮・鯛めし・昆布〆が一箱に。縁起物をいろいろ少しずつ
  • 幸せの鯛しゃぶセット ご家族そろって囲んでいただける一品を

※のし・オリジナルメッセージカードは無料でご用意しております。ご注文の際にお申し付けくださいませ。

12. まとめ

この記事のポイント

  • 日本の贈り物は「神様へのお供えを、皆で分け合う」ことから始まりました
  • 「のし」の正体は鮑。薄く削いで伸ばした熨斗鮑が、印刷の飾りに変わったものです
  • 本来、生ものを贈るときにのしは不要。現在は気にせず付けるのが一般的です
  • 水引は蝶結び=何度あってもよいこと、結び切り=一度きりであってほしいこと
  • お中元は道教の「中元」とお盆が結びついたもの
  • お歳暮は年の暮れのお供えを本家へ持参した習わしから。日持ちする食べ物が選ばれました
  • 内祝いは本来お返しではなく、「うちのお祝いを分かち合う」ものでした
  • 贈答を変えた出来事は①江戸の庶民化 ②百貨店の商戦化 ③1976年の宅配便
  • お返しで同額を返さないのは、わずかな借りを残して関係を続けるため
  • 鯛が主役であり続けたのは神饌の歴史・名前・色・格・傷みにくさが重なったから
  • 今は簡略化が進んでいますが、形式が減って気持ちが残る方向とも言えます

贈り物の歴史をたどってみますと、形は驚くほど変わってきたことが分かります。

本物の鮑を添えていたものが印刷の飾りになり、手渡しだったものが宅配便になり、そして今はURLを送る時代です。

けれど、変わっていないこともございます。

「あの人に、何か届けたい」という気持ち。これだけは、千年前から少しも変わっておりません。

縁起のよい鯛が、その気持ちを運ぶお手伝いができましたら、こんなに嬉しいことはございません🐟😊

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